ごあいさつ

logo01

jushoku
永林寺住職 佐藤憲雄

新年明けましておめでとうございます。

いつもホームページを御覧いただきまして、ありがとうございます。
当山、永林寺もホームページを開設してから、月日も経ちました。
永林寺のホームページも色々な観点から永林寺をアピールして、皆様に愛されるようにしていきたいと思っていますが・・・。
やはり!現代の文明の利器は、まだまだ使いこなせておりませんが、皆様の参考になればと思っております。

さて、一昨年は、石川雲蝶の生誕200周年の記念の年でした。本当にいろいろな方々や関係する諸団体などには、ご協力やご支援いただきましたことを先ずもって御礼申し上げます。
2014年には、石川雲蝶の作品の素晴らしさや人物などを、永林寺でも今一度研究したいと思い、住職である私が、石川雲蝶の生誕200周年に向けて準備してきた【石川雲蝶の物語】を発刊させていただきました。ここ近年、【日本のミケランジェロ】とまで言われるようになり、いろいろと石川雲蝶の人物像や作品ピックアップされ【越後のミケランジェロ】とまで言われ定着するようになり、石川雲蝶の作品が注目をされて本当に嬉しい限りです。しかしながら、石川雲蝶は文書で残されたものが少なく、今後は研究者の判断で、これからの石川雲蝶が形成されてしまうところまで来てしまったと感じてしまいました。そこで住職である私でも石川雲蝶について何かしたいと想い、永林寺でもほとんどが口伝であるが、永林寺に関するところだけでも摺合せをして歴代住職から口伝として伝わったことの真実が知りたくて、2010年頃から関係各所に調査をさせて頂きました。
昨年は、石川雲蝶PRすべくご当地魚沼でも色々な勉強する団体も出来てきて地域に根付く運動にまで来たことはとても嬉しく思います。
今後も、より一層いろいろとご協力を頂ける方々を募り、永林寺も独自のPRやボランティア育成等、いろいろな企画をしていきますので、宜しくお願い致します。
先ずは、このホームページをご覧頂いたら、ご利益いっぱいの寺【越後の永林寺】に遊びに来ていただけたら幸いです。皆様のお越しを、お待ちしております。
お待ちしております。

佐藤住職のプロフィール
昭和13年2月5日生まれ。10歳の時に出家得度し、駒沢大学へ進学。学生時代に起業し、実業界で活躍。駒澤大学大学院修士課程を修了後、当時ではまだ珍しいインド留学を体験。29歳の時に永林寺住職に就任。父の代に日本育英会の指定寄宿第一号として毎年夏冬休みに全国から大学生を受け入れをする。この永林寺で育った学生を核に、現在まで続く「永林寺友の会」を結成。今や二万人を超えるネットワークが形成される。
昭和58年45歳の時に脳血栓で倒れ生死の境をさまよい、一時は医者にこのままでは植物人間になると宣言されるが、不屈の生命力でこれに立ち向かい病を克服する。この闘病生活中に、3コウ【信仰・健康・観光】を基本理念にした寺院の新しい取り組みを考え出すことになる。
まずは自らのリハビリを兼ねて、全国に先駆け「テレホン法話」を始め、次に永林寺に眠る文化財として今や世界に知られる幕末の名匠・石川雲蝶の彫刻作品を一般公開し、全国からの参拝者を楽しませることになる。また、若き頃に培った発想力と行動力で、自らを「ぐうたら和尚」と呼び、宗派を超えた「皆の衆・ニコニコ集」の双本山と号するなど、その破天荒な生き方や、ユーモア溢れる法話が永林寺の名を一躍全国に広める。
平成16年10月26日、新潟中越地震が発生。半壊になった寺において持ち前の発想力で「ピンチはチャンス」を唱え、復興のために取り外すこととなった石川雲蝶の作品を東京で展示するという「石川雲蝶展」を催し大成功を収め、このことは魚沼市の観光事業にも影響をあたえるものとなる。
一昨年は住職就任40周年を迎え、現在は71歳。まだまだ斬新な発想力と行動力で新たな分野を模索している。



永林寺副住職(吹く住職)プロフィール

昭和49(1974)年6月10日に新潟市にて産まれる。10歳にして出家得度し、中学卒業後、愛知県豊川市の豊川専門僧堂に安居する。その後大学を卒業して、平成11年6月24日に永林寺の副住職の任を受ける。
学歴としては、新潟県堀之内町(現・魚沼市)の堀之内中学、愛知県豊川市の豊川高校、新潟市の新潟国際情報大学を卒業。
・趣味は、野球と旅行と音楽鑑賞や舞台観賞、そして生け花など多数あり。
・所属、役職等
新潟県曹洞宗青年会所属・小出郷曹洞宗青年会 事務局2014年より
(一社)魚沼市観光協会 理事・
(一社)魚沼青年会議所 2014年度は副理事長・
今現在は永林寺を中心に、講演会から相談事などのいろいろな活動をしている。